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涅槃会(ねはんえ) 2月15日

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釈尊は紀元前486年2月15日、80歳で亡くなった。前年より体力の衰えから死期を悟られていた釈尊は、それでも弟子達と布教の旅を続けられた。ある日、信者の捧げたキノコにあたり歩けなくなった釈尊は沙羅双樹の下で頭を北にして横たわられた。そのとき側にいた高弟はアーナンダ(多聞第一・・釈尊の教えを一番多く聞いた弟子の意)一人だった。
「涅槃」とは、すべての煩悩を解脱し、悟りの境地に入ることを言う。釈尊は生死の無常観を感じ、29歳で出家してから6年後悟りを開かれた。このとき36歳で、この年を「涅槃」という事も出来るが、生死の果報たる肉体が残っているので、45年ののちに完全なる「涅槃」に入られた・・とされている。

この写真は平山郁夫氏の「仏教伝来」から、1961年「入涅槃幻想」である。氏も涅槃に入られたけれど、昨年国立近代美術館での「平山郁夫展」で、この絵を観た。その時の解説に「被爆者としての平山氏は常に死を意識していたが、妻の父の死に接し、死の安らかな事を経験し、やっと涅槃図を描ける境地になった。」とあり、この絵に見入ってしまった。氏が広島出身で、被爆者であることは広く知られていたけれど、死を意識していられた・・とは、あの精力的な制作意欲からは想像出来なかった。

重厚な岩絵の具が重ねてあり、黄金の釈尊の死を悲しむ多くの弟子・動物たちが描かれていたけれど、精神の静寂を感じた。北枕にして故人を寝かせるのは、この釈尊の横たわった姿による。
高弟アーナンダは、師の臨終に際し「師よ、私はこれから何をより所に生きていったら良いのでしょう・・」と泣きながら尋ねた。釈尊は「アーナンダよ、自灯明 法灯明(自分を灯として、自分をより所としなさい。法・真理・釈尊のおしえを灯とし、他をよりどころとしてはいけない)。」と、最後の言葉を残された。

釈尊の死だけではない。
死は生きている人に何かを残すはずだ。

知人のカメラマンが長野に取材に行って、猟師が小鳥や動物を撃つのを見て、「人はこれで良いのだろうか・・正視出来ず、獲物を撃つ話にも笑えず・・・しかし鹿肉もおいしいし、イノシシ鍋も好きなボクは、これで良いのだろうか・・。」と殺生について「どう思いますか?」と聞いて来た。
うーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん、考え考えやっと答えたけれど、私に真理を語る資格はない。今夜の我が家はビーフ・ハヤシシチューだったもの・・・。





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