お寺さん紹介センター

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夏日

全国的に暑かった。月末までやりきった・・と思ったら、夕食後ドット睡魔におそわれて横になってしまった・・。リーがついて来てじゃれるけれど、グーーーーーーZzzzzzzzz 。電話があって起きたらお皿も洗ってあって安心してまた、グーーーーーZzzzzzzzz。これが気持ちいいですよ。さぁ、皆さんご一緒に、グーーーーーZzzzzzzzz。
国会では乱闘の末、暫定税率の何とか法が採決されたとかで、福田首相が記者会見。ガソリンスタンドの長蛇の列に並ぶ元気もなく帰宅してしまった私としては、一納税者として「悪いけどもう票は入れないよ。」的な感じ。よりによってG.Wとは、K.Yなことで・・・。私が取引先にこんなことしたら、もう明日から仕事はないっすね。ああ、やっぱり寝てるのが良い。グーーーーーー

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若い客人は紳士

今日は若い客人が来た。彼の職業は会計士。それで多忙だったのである。彼は以前から私が押し花をしていることは知っているけれど、話の合間に作成したての「押し花額」を見てもらったら、気に入ってくれて、一つあげることにした。彼が選んだのは、女性のシルエットに花をあしらったもの。私がよく作るパターンだけれど、約40個の中には一つしかない。シャンパンピンクと名付けられたピンク色の額も良かったらしい。大事そうにカバンに入れてくれた。祝日の陽が傾いた街を駅に向かっていった彼は、誰からも愛される笑顔の可愛い紳士である。
これはハナミズキで作ったもの。咲き誇る花々をイメージした。

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34年ぶりの好天G.W・・「昭和の日」

お天気マークが並んでいるG.W。34年ぶりなんだとか。サンサンと紫外線が見えるようだ。しかし、私は一日家にいて、多忙だった。色々な仕事が小山になっている。ふもとからトコトコ登るごとくこなしていくが、仕事にも気のすすむことと気のすすまないことがあって、ため息つきつきの一日になった。「昭和」も記念日になるほど昔になってしまったけれど、いい響きの年号だと思う。良い祝日である。

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「うつ」の私と、「生きていく私」宇野千代

 文中、千代女史が言う。「私は死なない気がする。」確かに90歳を越えてなお色っぽく生き生きとされていた。ほんとに楽しい本だった。赤裸々で奔放で率直で正直で愚直で筋が通っている。こういう真摯な生き様的な本を読んでから、だんだん元気になった。何年も前の話である。私は本を読むことも苦痛な時期があったことを、今振り返ってみて「夢の中」にでもいた気がする。

「うつ」のトンネルは長いけれど、出口はきっとある。こんな私でもトンネルを抜けることができた・・・。

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相田みつを「一生感動 一生青春」

下の写真の、上と下では真反対になるが、相田みつを氏の言わんとすることは、その時々の心情になってみて分かる。実に「あたりまえに生きる」ことのすべだ。


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G.Wとはなんぞや?

「G.W」をゴールデンウィークと言わないで、「グリーンウィーク」と呼ぼうと言っている人がいる。元環境大臣の小池百合子氏だ。彼女は「クール・ビィズ」とか宣伝がうまい。が、G.Wしている暇もない人は、沢山いる。その上、「後期高齢者」になった人には「金欠病」という病気が居着いた人もある。摩訶不思議な世の中よ・・・。さて私で言えば、曜日がはっきりしなくなった。友引サイクルで生活して、しかも年中無休なので、カレンダーの赤字がどーでもよくなってくる。「年中無休?」とびっくりすることなかれ。自動販売機だって無休ではないか。・・・と言えるようになるには、年期がいる。ひとそれぞれ、人生色々。ああ、新緑がまばゆい。


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「聖火」の滞在・・・

短い「聖火」の滞在であったが、関心があまりあったとも言えない。騒動への関心のみで加熱した。そして深夜、犬も眠った丑三つ時、額作りが心身のバランスを取ってくれる。日中のテンションが上がった状態から、自分の心の中の心象を額に表す。長い人生に潤いを与えるか否かは、自分次第。大型連休で出国ラッシュとか。どうぞ楽しんで来て下さい。人それぞれの道を進めば良いんですから。

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「観音様の本」 絵馬師殿村進

一億の人に  一億の母あれど   わが母に  まさる  母なし
                              殿村 進
「母の日」に合わせて母が上京して来る。故郷には温泉があって65才以上は無料で入れるので毎日行っているため、温泉に連れて行っても嬉しそうにしない。で、今回は貯まっていたポイントで品川のホテルを予約した。水族館の入場券もついている。こういうポイントは、何かないと使わない。最近は近場で出来るだけ歩かなくても良い所にしないと、母が疲れるのである。思えば、いつも仲が良かった訳ではないのに、すべて洗い流されたように「仲良し」になった。亡父もほっとしているだろう。年取った母だが、かなわないなぁ・・と思うことが多々ある。第一、孤独に強い。私の何倍も強い。戦争を知っている人の強さではないかと思う。

子がイベントだと言って尾瀬に行った。今頃尾瀬も雨かも知れない・・。それぞれが自分の道を進んで、でもどこかで繋がっている。

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人の役に立つと言うこと

「東京いずもふるさと会」の会長さんは「脳梗塞を2回」された人で、足下を確かめながらゆっくりと歩を進められる。家に閉じこもることなく会合にも出席されているが、それは「えらいこと」だとおもうのである。会が発足して3年目になって、今年から会長さんになられたが「人の役に立つ」こととは良いものだと思わせて下さる。もちろん補佐される方々の尽力もすばらしい。当初は委員の方のお名前も知らなかったが、少しずつ分かって来ると同郷の親しみもあって、父が生きていたらあの方のようになっていただろうか、それともこの方のようだったろうか・・・などと人様と重ねてみたりする。事務方はご苦労が多いのに、いつもニコニコされていてエライ。ああ、未熟者の私は反省とザンゲで、テンションが上下している・・・。
下の写真は、諏訪大社のお土産の色々。
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「諏訪大社・上社・下社参拝ツアー」

「東京いずもふるさと会」のバスツアーに参加した。諏訪大社は、出雲大社がお祀りしている大国主命(おおくにぬしのみこと)の次男・建御名方神(たけみなかたのかみ)をお祀りしているという。周囲18キロの諏訪湖畔にある。小雨の中、総勢34名の老若善男女(!)が拝殿した。上社は自然を神とし、下社は木を神とするという。DVDで御柱大祭(おんばしらたいさい)を見たが、7年に一度のお祭りに市町村を上げて取り組み、一丸となってする壮大なものだった。往復の新緑みずみずしい中央道も気持ちよく、和気あいあいで新宿に着いた。お世話して頂いた方はお疲れになっただろう。

写真は上社の拝殿。正面の扉を開けると「ご神体」はなく、森=自然があるだけという説明だった。・・・なんか納得した・・・。
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神西湖のシジミ

先日某局のTVで出演者の一押し好物を紹介するコーナーで、振り付け師の真島茂樹さんが「シジミ汁」が大好きだと各地のシジミを実物を出して紹介された。そして、「神西湖のシジミ」が「全国一」と一押しされた。その湖は我が故郷そのもので、実家からも徒歩30分、車で5分の所にある子供時代の遊び場である。そこのシジミが全国一とは、真島氏、お目が高い!! その上、余程お好きと分かった。同郷の会の総会では取り寄せて販売するが、一番人気で完売する。収穫量が多くないので、都内でも一部のデパートか大手のスーパーにしかなく、ちょっと他よりお高いらしいが粒も大きくおいしくて人気商品だと聞く。海と差海川(さしうみがわ)でつながっていて汽水湖になる。こんな風に全国一と紹介されると、ほんとにうれしい。子供の頃は水につかっていくらでも採れたなぁ・・となつかしく湖水の感触が想いだされる。ホントに 「水は  清き  ふるさと」だ。

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「人生は地獄より地獄的である。」芥川龍之介

古来より「極楽絵図」は少なく「地獄絵図」は多い。「極楽」に行って帰って話をしてくれる人はなく、「極楽」の様子は分からないまま、西方浄土にあるという「仏の国・弥陀の国」を思い浮かべて信心に励んだ。しかし、「地獄」はこの世の嫌なこと・・・経験したくないこと・・・つらく悲しいこと・・・非情なことを思い浮かべれば「地獄絵図」が出来た。しかし、それでもなお、「人生は地獄より地獄的である。」芥川龍之介は言う。四苦八苦・一切皆苦が人の世、人生だとブッタも言っている。しかし、しかし、それでも「生きる価値がある」人生なのだ。そこに、信仰がある。人の思いを包み込む信仰がある。大きな夕日に向かって帰宅の道についたとき、その輝きの神々しさに「西方浄土」に向かっている錯覚がした。一日のほんの一瞬だが、信ずるものを見た。

折しも今日午後、「光市母子殺害事件」に死刑判決がでた。語る程の知識はないが、故人のお二人に、合掌。
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母と子の会話

朝食時の母(私)と子の会話
母「5月11日、何の日か知ってる?」
子「日曜日」
母「バカね!  母の日よ。」
子「・・・・そんで?」
母「オバァちゃん来てるから、プレゼントは二つちょうだいね。」
子「・・・(新聞で顔をかくして読むフリ)・・・」

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北原白秋「薔薇ノ木ニ・・・」


薔薇ノ木ニ
薔薇ノ花サク
ナニゴトノ不思議ナケレド。


薔薇ノ花ナニゴトノ不思議ナケレド。
照リ極マレバ木ヨリコボルル
光リコボルル

薔薇の木に薔薇の花が咲くのは、当たり前ではなく命の不思議を詠んだものです。この詩を書いた当時の白秋は離婚して生活にも困る逆境にありましたが、そんな境遇にあっても感受性を失うことなく「当たり前」の事実にさえ感動を覚えました。

下はまるで友のごとく、親子のごとく、夫婦のごとく、紅白に咲いているハナミズキ。桜の後に楽しませてくれる花です。
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「お地蔵さまの本」絵馬師・殿村 進

ふまれても   ふまれても
根強く生きる   道草の
やがて  花咲くときも あるらん

当然の来訪にもかかわらずお茶を出して頂いて、女が二人2時間も話し込んでしまった。日はすっかり夜となり、共通の知人の話で「同窓会」みたいになり「これがご縁っていうものかしら。」なんて、しんみりとしたり、何年たったか指を折ってみて「と言うことは、わたしって今何歳なの?」と日頃サバを読んでいるので(!?)分からなくなった。ここのところ心にトゲが刺さっていたが、かなり抜けていった感じがする。ありがとう、Sさん。すっかりお腹がすいて、途中でお寿司を買って帰ったら、子がとろけそうなおいしい卵焼きを作っていてくれた。また、トゲが一本抜けた。そして思う。人は一人で生きていないことを。

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曇り空の心

「東京いずもふるさと会」の定例会が日比谷公会堂の中の「日比谷市政会館」であった。土曜日休館のところをお借り出来たとのこと。風が強く震えながら待つこと、しばし。やっとドアが開いた。由緒ある建物で色々な歴史を持つと言う。ふむ、ふむ・・・と感心したのも束の間、携帯が圏外だ!!!!  ガーンとなったが、アンテナの方向によってつながることがあるので、左右に動かしてかろうじてつながりそうなところ探す。そして議題が進み皆さん真剣に討論して、3時間後お開きになった。お茶も持参しての手弁当であるが、ふむ、ふむ「男達はこうして生きているのか!」と勉強になるのである。

しかし、心が曇り空だった・・・。終わって次の仕事に行く時、皇居のあたりを通ったはずなのにふと気づいたら、後楽園の観覧車の見えるところにいる。あぶない運転だなぁ。頭上を小雨の中、静かに観覧車が回っているのに、時間が止まっているような感覚になった。こうした日々を乗り越えて、晴れを迎えるのだろう。いつも晴れ晴れしている人生などありはしないのだから。





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継続は力なり

「継続は力なり」・・・これはずっと座右の銘である。自分の性格を知り尽くしている故に、言い聞かせ言い聞かせしてきた。今日も雨の車中、改めて言い聞かせる。所詮「生きていくのはしんどいこと」なんだもんね・・。シェークスピアの劇中、「人間は泣きながら生まれて来る。」の言葉が忘れられないと五木寛之氏も言っている。
「藤」の花を見つけたので写そうとデジカメを構えたら、信号が青に変わった。うまく写せなかったので、今日も私の作品でお許し下さい。




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諸行無常の日々が当たり前

ホントに色々あって、体力がないと24時間が保たない・・・そんな今日の日。その上、不慣れなウィンドーズで会計処理。それに比べたらマックのブログのなんとまぁ簡単なこと。外は雨。あぁ、良い女が一人、夜半にブツブツと数字を入れたりブログをしたり、可哀想なことで・・・。が、何としてでも「後期高齢者」にはならんぞ!!  政府になめられるもんね。気分はヤング。・・・とあえて言うことが、年寄りかなぁ・・・。ブツブツ  ブツブツ・・・・・・。あぁ、大雨になってきた・・。



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はなみずきホール

ハナミズキは明治に日本がアメリカに桜を贈り、その返礼として日本に来ました。大気汚染にも強く、街路樹、庭木にと愛されています。白・紅の花があり、ヤマボウシと似ていますが、花弁の先がくぼんでいるのがハナミズキです。桜の後に咲いて、楽しめます。写真は押し花にした状態です。三か日もあれば綺麗に押せます。
さて、墨田区のお取り引き先が素敵な「はなみずきホール」を建築されました。コンクリート打ちっぱなし5F建てで、5Fの中庭にはハナスズキの木が植えてあります。それが常緑樹とのことで、植え替えしたから今年は花は無理かも・・・ということですが、小さな蕾がありました。さて、楽しみですね。このホールでは「仮矢崎ブランド」の花祭壇が全国に先がけて1番目に施行されました。あの、仮矢崎省吾氏デザインです。白を基調に楚々としていました。
時は、どんどん変わります。楽しいですね。

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やはりおかしい「後期高齢者医療制度」

どこにいってもこの話が出る。この話になると皆が真剣な顔になる。いずれ我が身のこと。やはり、おかしいぞぉー!!  見直ししましょうよ。



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「鈴の鳴る道」 星野富弘

きりっ  としているのは
最初の頃だけ
あとは 色あせ うなだれ
風の吹くまま
けれど 木蓮が すき
どことなく私の心に似て
それが 青空の中に
咲いている
                           星野富弘

古代紫は高貴な色と言われているが、自然が作る木蓮の色には暖かみも加味されて万人に愛される。待ちわびた陽の光に対峙するごとく真っすぐに上に向かって開いているが、やがてひとひらずつ、うなだれて来る。



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「長寿医療制度」・・長寿も考えもの!?

母から電話有り、近くに住む母の妹(私の叔母)が「元気がないから電話してやって」とのこと。最近いとこを亡くしたりして話し相手もいなくなり考え込んでる様子だと言う。そして、母は嘆く。これから税金がいっぱい来るようになって、年金暮らしなのに大変だと言う。それでも家はあるし、お米はあるからまだいいけど、貸家住まいの人はどうするんだろう・・というのである。「長寿医療制度」なんて言ったって、なぁーんにも喜んでいる長寿者はいない。これは「世紀の悪税」だと、今日のラジオパーソナリティも言っていた。この4月から、所得税を地方に納税しても良いことになったので、そうしょうかなぁ・・。そして叔母に電話して、瀬戸内寂聴師の法話集CDをあげる約束をした。楽しく笑える法話集だから、一時の慰めにはなるだろう。諸行無常、かって福祉国家と思っていた我が日本国は、どこにいったのか。庶民はお互いに慰め合って声にも出さず、若葉に隠れて暮らしている。
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前世は何をしていたのだろう?

夜毎の夜なべにも懲りず、こんなことしております。摘んで来たスミレと小花の花カゴの額。疲れている時が神経がとんがっているのか、良い物が出来ます。お腹がすいている方が頭が回る・・・そんな感じでしょうか。まったく、私の前世は何だったのでしょうか。夜なべ好きなので、まぁ良い地位だったとは思えませんが・・・。以下は21額という大きさです。今回は小品にしていますので、今26個完成です。作ってみたいデザインがポロポロ湧いてきます。



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六地蔵と仏足跡(ろくじぞうとぶっそくせき)

私達が地獄・餓鬼・畜生・修羅(他に、人・天)に落ちて輪廻転生しても助けて下さる六地蔵。お地蔵様は仏像中一番親しまれていて数も多く作られている。仏教の意味もお経も分からない子供は、亡くなると皆お地蔵様になると言われている。夏の地蔵盆は子供達のお盆である。

仏陀は自分の亡き後も「法」を灯火とせよ、偶像崇拝はするな、と言い残された。しかし、後世になって仏陀がおられることを示す物として「仏足跡」が作られた。それは仏陀の足の裏で、大地にしっかり密着するように平で、法輪のような文様が記されている。奈良の唐招提寺の仏足跡は有名である。

ここは、東京・東久留米の淨牧院。曹洞宗の寺院である。境内には多くの大木が新芽を芽吹かせて、見上げると空に黄緑の空間が出来る。清浄な心地になる。




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「しばり」のブログ

このブログは基本的に「仏教に関すること」を書くブログである。何しろ仕事だから。つまり「しばり」がある。最近多忙で一日が短い。その上、趣味の分野も背負い込んでいるので、なおさらだ。子も多忙でイベントだとか言って何日も準備していたが、今日昨日がその日に当たるようだ。従って聞くのも面倒なので、彼のブログで状況を把握。彼は「しばり」がないので好き勝手。ランキングも上位に行っているらしい。良かったですねぇ・・。しかし、ブログの「しばり」のおかげで私は随分調べ物が出来た。勘違いもかなり正せたので、常々ファイルしていたことも生かすことができた。人間しばられることもたまにあってもいいかもしれない。まぁ、青年は「ボーイズビーアンビシャス」で構わないが、「大志」も大人になるとヒモが一杯からむのだ・・・・。


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ダライ・ラマ14世

もう、ずずっーと前の話、ダライ・ラマ14世がお寺に約10日間滞在された。その時に食事などのお世話をした。ただ運ぶ・・だけではない。作ってお出しするのだ。お付きのインド仏教徒の人2人の計3名に次々来る面会の人など20人分のカレーを作ったりした。師がベジィテリアン(菜食主義)だったか忘れたが、何でも召し上がったような気がする。今思い出そうにも、あの狂騒の10日間は夢中過ぎて断片しか記憶にない。師は温厚で観察力に優れていた。人心が読めた。途中、広島とかに出かけられて体調をくずされた時でも、人が来れば布団の上でアグラしてでも対応された。そして別れの日、「世界ウルルン滞在記」の逆で私は涙が止まらない。疲労困憊しているのに、どうしたことかオイオイと泣ける。師は礼を言って空港に向かわれた。私の料理が口に合う訳がないから、随分我慢されただろう。体重も減ったかも知れない・・・。昨日のニュースで師の来日会見を見て、今もって「赤面のお接待」を思い、下を向いて詫びた・・・。



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すみれの花咲く頃~~~~

4~5日前、中央分離帯に紫の花を見つけた。色も鮮やかな紫!! すみれの群生だ。が、摘むのを我慢した。晴天の日に摘むと、5分でしおれる。花はもちろん生きているからかわいそうだと通り過ぎたが、記憶にはしっかと焼き付けておいた。そして今日は雨。チャンスとぱかり早めに出かけ仕事をしたりして時間を作って、摘みにいった。すみれにも色々な種類があって、一週間程前に他で見つけたのとは、葉の形も花の色も違う。見れば見る程あちこちに咲いているが、押し花に出来るだけを摘んで、大至急帰宅。水分を乾かして乾燥マットに入れた。まずこれが「押し花作品づくり」の一歩だ。出来上がりが楽しみだが、楽しみを倍にする為にセッセ・セッセとお仕事も! 

「オリンピック聖火」を妨害するヤカラに 「 喝!! 」



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大願成就


四国のお遍路さんを終えたとか、そういう人が「大願成就」を感謝して「わらじ」を奉納したのだろうか。仁王門に「わらじ」がかかっている。ここは東高野山と言われる長明寺(練馬区)。境内の紅梅も紅葉もイチョウも、お参りする人を暖かく迎えてくれる。時には散歩の犬も通る。地域に根ざした寺院として親しまれている。宗祖は弘法大師。大師があまりに偉大だったので、後に続く者はなかなか出なかったとか言われている。「大師」という称号は朝廷から頂く。主な宗派の宗祖には「~~~~大師」の称号がある。中にはない宗祖もあるけれど・・・。苦難を乗り越えて教えを広められた宗祖の命日を「御忌(ぎょき)」とか「報恩講」とか「御会式」として宗門上げて営む。「合掌」することを教えてくれた仏教は、人の心の中にきっと根を張っていると思う。雨上がりの柔らかい空気が漂う境内。合掌。



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「夫は千の風になんかなっていない」


夫は風になんかなっていない。私がこの手で埋めたお墓にいる。「千の風になって」の曲が流れるとチャンネルを変える。夫の命日が近くなり今日も夫のいるお墓に行く。心が休まるのだ。

今日の朝日新聞の「声」欄に載っていた77歳の女性の投稿の要約である。よくぞ載せた、朝日新聞よ!! こんなに流行っている「千の風になって」を嫌いだと言う投稿を、である。新井満氏作詞で新井氏も歌い、秋川雅史さんがヒットし、加藤登紀子さんほかも歌っている今や知らない人はいない「紅白出場曲」。が、以前からこの歌詞に異を唱える人がいた。浄土真宗の教団だ。その宗派の教えは「人は命終(臨終)とともに阿弥陀如来の元に行かれて、如来に守られて極楽におられる」という考えで、決して風になってあちこちになど行ったりはしない。阿弥陀様に助けて頂いているのだから阿弥陀様を信じていれば良い。これが「他力本願」の考え方。親鸞上人とて、「父母のために念仏を唱えたことはない。阿弥陀様を信心するが故、念仏する。」と言っている位に、阿弥陀様を信じ、故人は風になってフラフラなどしない・・・のだ。私は「千の風になって」の曲が流れると、いつもこの考え方を思い出す。これを歌う秋川さんの真剣なまなざしは心に響くものがあるけれど、私が故人になったら極楽で静かに暮らしたい。あれもこれもやり残したなんて一切考えず、極楽浄土で満ち満ちた心で泰然といる。フラフラした風になりたくない・・のだ。・・・・・かような考えと、この歌の評価は違うから、それはそれ、これはこれ。投稿者と朝日新聞の勇気に、多様な考え方があることを知る機会ができて良かったと思う。


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お土産の「2001年」


セブ島に行ってらした僧侶からお土産を頂いた。出かけていたので玄関先に置いてて下さった。帰宅したら植木鉢の影に置いてあってすぐ分かったが、その後で激しい雨になり濡れなくて良かったとほっとした。それは2001年産のワインとドライマンゴーだった。2001年かぁ・・・今から7年前、どうしていたかなあ・・。今より若かったのは事実だけれど、気力は今の方が良好な気がする。「気がする」だけではっきりした形はない。しかし、「ふけた」とか「年取った」という気がまったくしない(笑)。のんきなものだ・・。さてさて、ワインを冷やしておいてお風呂上がりの楽しみとしよう。その前に仕事して、押し花額をつくって。久しぶりの雨の音で心が落ち着く。桜さん、ごめんなさい。


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