まるで大粒のブドウの房のように、たわわに咲いていた百日紅(さるすべり)の花が、雷雨で傾いてしまった。薄いピンクで100日は咲いていないが、それなりにホッとさせる雰囲気の花である。立て直そうとベランダから手を伸ばしたが、ビクッと引っ込めた。蜂が何匹も蜜を吸っている。あっちでもこっちでも・・。何日か天候不順が続いて、その上大雨にたたられたから、エサとしての蜜も減ったことだろう。ちょっとの晴れ間に、蜂は蜂で懸命だ。百日紅にそんなに蜜があるとは思わないが、飛び立ちもしないところをみるとおいしいのだろう。他人様の食事を邪魔してはいけない。カーテンをしてみないことにした。蜂は蜂で生きている。
各局ともLIVEで、選挙速報。出口調査や予想速報で当確が決まったような報道。ほんのたまに違う事もあるようだが、だいだい確定と一致。という訳で、私も国民の一人としまして、雷の閃光の夜空にビクッとしながらも気になりますので、今夜のブログはこれにて失礼させて頂きます・・・・。赤い目の幹事長とか、真っ黒顔の候補者とか、学ぶ事が一杯です。生き様と言いますか・・・負ける事とは何ぞやとか・・・。
昨日は町中・海上で日焼けした。お年頃だが、寄る年波、自然治癒力に期待出来ないので、パックをする事にした。シートタイプで広げて顔にのせたら、目が開けられない・・。瞼にもしていいタイプなので素直に従ったまでであるが、これでは何も出来ん !!
こんなんだから、昨夜、席を譲られたのか・・・。かなり「アブナイ」なぁ・・。
気を取り直して、清き一票の行使に行ってこよう。
こんなんだから、昨夜、席を譲られたのか・・・。かなり「アブナイ」なぁ・・。
気を取り直して、清き一票の行使に行ってこよう。
同郷の会があって、午後の4時ごろから墨田川で屋形船に乗った。蒸し暑いけれど、海上の風は気持ちいい。お台場のフジT.V前に停泊して懇親会。カモメが寄って来る。向こうの岸には、人工の砂浜が出来ている。右には、オリンピック予定地。2時間半はあっという間。その後、7~8人と「隅田川花火大会」へ移動。旧友の勤務先のビル屋上が観覧席になっていて、同席する。散る花火に、拍手や歓声。火柱のような花火・すすきの群生のような花火・オリンピックマークの重なりのような花火などなど、爆音とともにびっくりした。こんなに近くで見たのは初めてで、人の波にも驚いた。疲れた一日であったが、久しぶりに電車に乗って社会勉強(?)ができた。
帰りの電車の中で、外国人の男性に席を譲られた。時間は夜9:00過ぎ。確かに疲れた顔をしていた事は認める。が、譲られたのは私だけで、それはgoodだからか、badだからか、どっちだろう・・。「サンキユー」と言って座ったけれど、「ノーサンキュー」が正しかったのだろうか・・。ま、疲れたから、明日考える事にする・・・・・・・・・・・。
帰りの電車の中で、外国人の男性に席を譲られた。時間は夜9:00過ぎ。確かに疲れた顔をしていた事は認める。が、譲られたのは私だけで、それはgoodだからか、badだからか、どっちだろう・・。「サンキユー」と言って座ったけれど、「ノーサンキュー」が正しかったのだろうか・・。ま、疲れたから、明日考える事にする・・・・・・・・・・・。
盂蘭盆会(うらぼんえ)が大人のお盆とするなら、地蔵盆は子供のお盆です。極楽浄土の阿弥陀如来のもとに行きたいと願う地上の人々を迎えに来て下さるのは、観音菩薩・勢至菩薩(かんのんぼさつ・せいしぼさつ)であるという「来迎思想」(らいごうしそう)が中世にはありました。しかし、浄土におもむくというはっきりした自覚のない子供は、誰に救われるのかという疑問がありました。亡くなった子供が生んでくれた両親の恩に酬いるため、賽の河原で石で塔を築こうとするが、鬼がきてすぐその塔を壊してしまう・・という有名な説話がありますが、その鬼から子供を救ってくれるのが地蔵菩薩と信じられてきました。今でもお地蔵様として庶民から親しまれ、村・町のあちこちに祭られています。一番多い仏像といってもいいでしょう。この時期、「地蔵盆祭り」の看板を方々でみかけます。一度、お参りしてみて下さい。寺によっては子安地蔵・水子地蔵などが祭られています。亡くなった子供さんのお位牌には、梵字のお地蔵様を表す「カ」がつかわれます。
イギリスでは大雨で洪水発生とか。ヨーローッパでは熱波で死者500人とか。インドネシアでまた地震とか。自然災害は広い範囲で人々の生活を脅かす。失う物が大きいだけに復旧が遅れ、心の傷も大きい。他国の事でも我が身に重ね、戦慄する。気の小さい私など、ニュースだけでも恐ろしい。細かい事を気にしている自分に「喝 ! 」
A新聞に星座別に「あしたの運勢」が載るようになった。自分の射手座が良い時はいいが、悪い時はもっと運勢の悪い星座を探すようになった。なんか、人間性が試されているようで、ホントの目的はこっちかなぁ・・とも思える・・・。
気分も機嫌も良くないとき、「無料査定、家の売却手伝います」なんてチラシ、入れないでほしい。その気になって、余計に凹む・・・。
S社の上の方の人から、お願いしたい事が・・とTELがあった。何だろう・・と思いつつお会いすると、「某劇場でのチケットを2枚差し上げるので行って頂けませんか。」ラッキー!!!
もっと早くはっきり用件を言ってほしかった。
S社の上の方の人から、お願いしたい事が・・とTELがあった。何だろう・・と思いつつお会いすると、「某劇場でのチケットを2枚差し上げるので行って頂けませんか。」ラッキー!!!
もっと早くはっきり用件を言ってほしかった。
夕食後ちょっと横になった。・・電話が鳴った・・応対した・・メールが来た・・返信した・・。が、気がついたらA.M6:00。シャワーして、台所へ行くと、昨夜のお皿が洗ってある。リーちゃんじゃないし・・子が洗ったのだろう。かくのごとし、夏が始まった。
農林水産大臣が顔に絆創膏をしておられた。病名は違うが、私も5月の連休前、右耳が化膿した。痛くて頭がジンジンする。耳鼻科に行ったら「丹毒」(たんどく)とのこと。聞いた事もないし、とにかく抗生物質や痛み止めや消毒液やら頂いて、ひたすら飲む飲む塗る塗る。子もビックリする程で、何度も消毒してくれる。幸い耳なので、髪で隠れるから仕事には差し支えないが、永い連休明けにやっと完治。あんなこともあったと、大臣の絆創膏を見て思い出した。生身の人間、突如、説明しがたい病気にもなる。
とにもかくにも、夏を体調に気を付けてお過ごし下さい。
農林水産大臣が顔に絆創膏をしておられた。病名は違うが、私も5月の連休前、右耳が化膿した。痛くて頭がジンジンする。耳鼻科に行ったら「丹毒」(たんどく)とのこと。聞いた事もないし、とにかく抗生物質や痛み止めや消毒液やら頂いて、ひたすら飲む飲む塗る塗る。子もビックリする程で、何度も消毒してくれる。幸い耳なので、髪で隠れるから仕事には差し支えないが、永い連休明けにやっと完治。あんなこともあったと、大臣の絆創膏を見て思い出した。生身の人間、突如、説明しがたい病気にもなる。
とにもかくにも、夏を体調に気を付けてお過ごし下さい。
今年はラニーニャ現象で猛暑とか言われて、覚悟してたのに、まだ梅雨空。まぁ、蒸し暑いけど涼しい時もあり、お肌にも良いし・・我慢の範囲内である。しかし、暑くならないと困る子は、段々と機嫌が良くないし口数も少なくなって、家庭内温度差が顕著。一致するのは、エアコン使用の意見のみ。なんか息苦しいので、早く暑くなってほしい。こんな思いの家庭はゴマンとあるだろうに、みんなガマンして、それぞれの夏が過ぎていく・・。
「ミニチュア・ダックスフンドの子犬が生まれたから、あげますよ。」それは2月だった。生後一ヶ月とのこと。可愛いだろうなぁ! だが、今我が家には、何でもガリガリしまくる生後七ヶ月のミニチュア・ピンシャーがいる。チワワからこの子になったいきさつなどを話し、今は手一杯だと、無念のおことわりをする。話をしていると、随分犬に詳しいし、話が複数形になっている。「お宅、何匹いるの?」聞いた。「うーん、50匹ぐらいかなぁ。」ええええぇぇぇっっ50匹ぃ ! ! とたんに素人になった私は「どんな家に住んでるの?」「普通だよ。」ええぇぇっっ 今、私の膝の上にいる犬が50匹と想像しただけで、床が抜け落ちそうだ。もう好きとかの問題ではない。ご夫婦とも犬派で、これが普通なんだとの事。上には上、もう恐れ入りました。ついでに、このガリガリかじるのはどうしたらいいのか聞くと、もうすぐしなくなるとのこと。あぁ、これからの犬の先生が見つかった。仲良く50匹と暮らしているご夫婦に、「幸あれ」と、それからずっと心から祈っている。
ちょつとでも脱いでおくと、くわえていってビーチサンダルの鼻緒の元を噛む。すばやいこと、風のごとし。リーに噛まれて駄目になったビーチサンダル、多分7足位。目も足もはなせない。暖かくなると、家の中ではビーチサンダルに限る。滑らないし、涼しいし。噛まれていない片方ずつで模様違いやサイズ違いで履いたり、リーを怒りながらも工夫しているが、さすが左ばかりになると、ギブアップ。脱いだら、届かない所に置くようにしているが、しかし、つい考え事などしてお風呂に入ったりすると、もう、ない ! ! 人間なら、この才能を伸ばしてやりたいぐらい。で、今日、多分8足目。この先も、延々と続く知恵比べ。
まっすぐな目をしたずずっーと若い彼は、メモを取りながら話を聞いている。私の話など、どれだけの役にも立たないのに、青いボールペンを走らせている。この子は、真剣に仕事をしようとしている・・・。これからの起業は、リスクを恐れていては何も出来ないが、リスクを極力少なくしなければならない。西洋の諺「人生に必要なのは、少しのお金と大きな希望だ」・・この志が、人を大人にする。彼の前途がバラ色であってほしいと、親心のように思う。大海にあっても波を乗り越え風に耐え、泰然と陸を目指してほしい。これからは、どうしても保身になってしまう私には、そのまっすぐさが心地いい。青年よ、大志を抱け。ころんでも痛くない、若い肉体があるうちにどんどん進んで、望みに近づいて行け。
お盆が終わった。しかし、寺としてはまだ終わらない。
6月終わり頃から、お盆の影響が出て来る。土・日はだいだいの寺が時間的につまってくる。そして、今日7月20日も続いている。このまま、8月盆に入ると、さらにつまってくる。地方から来て都内の寺を手伝っていた僧侶が、自坊の寺に帰る為、人手が足らなくなる。東京は7月盆が大多数なのでお盆参りは少ないが、住職一人では出来ない事もでてくる。
こうして、夏が始まり夏が過ぎていく。お盆提灯の涼しげな模様に郷愁を覚えつつ、幼い頃の大家族で過ごした夏を想う。セミが一日中鳴いていたあの頃、時間はたっぷりあった気がする。
地震に遭われた方々の早い復旧をお祈りします。そして、皆さんでお盆が迎えられますように。
6月終わり頃から、お盆の影響が出て来る。土・日はだいだいの寺が時間的につまってくる。そして、今日7月20日も続いている。このまま、8月盆に入ると、さらにつまってくる。地方から来て都内の寺を手伝っていた僧侶が、自坊の寺に帰る為、人手が足らなくなる。東京は7月盆が大多数なのでお盆参りは少ないが、住職一人では出来ない事もでてくる。
こうして、夏が始まり夏が過ぎていく。お盆提灯の涼しげな模様に郷愁を覚えつつ、幼い頃の大家族で過ごした夏を想う。セミが一日中鳴いていたあの頃、時間はたっぷりあった気がする。
地震に遭われた方々の早い復旧をお祈りします。そして、皆さんでお盆が迎えられますように。
石をもておわるるごとく
ふるさとを出でしかなしみ
消ゆるときなし
わが思うこと
おおたかは正しかり
ふるさとのたより着ける朝は
そのかみの神童の名の
かなしさよ
ふるさとにきて泣くはそのこと
ふるさとの山に向かいて
言うことなし
ふるさとの山はありがたきかな
しんとして幅広き街の
秋の夜の
とうもろこしの焼くるにおいよ
世わたりのつたなきことを
ひそかにも
誇りとしたるわれにやはあらぬ
おそ秋の空気を
三尺四方ばかり
吸いてわが子の死にゆきしかな
ふるさとを出でしかなしみ
消ゆるときなし
わが思うこと
おおたかは正しかり
ふるさとのたより着ける朝は
そのかみの神童の名の
かなしさよ
ふるさとにきて泣くはそのこと
ふるさとの山に向かいて
言うことなし
ふるさとの山はありがたきかな
しんとして幅広き街の
秋の夜の
とうもろこしの焼くるにおいよ
世わたりのつたなきことを
ひそかにも
誇りとしたるわれにやはあらぬ
おそ秋の空気を
三尺四方ばかり
吸いてわが子の死にゆきしかな
東海の小島のいその白砂に
われ泣きぬれて
かにとたわむる
いのちなき砂のかなしさよ
そらさらと
握れば指のあいだより落つ
たわむれに母を背負いて
そのあまり軽きに泣きて
三歩あゆまず
こころよく
我にはたらく仕事あれ
それをしとげて死なんと思う
「さばかりのことに死ぬるや」
「さばかりのことに生くるや」
よせよせ問答
高きより飛びおりるごとき心もて
この一生を
終わるすべなきか
はたらけど
はたらけどなおわがくらし楽にならざり
じっと手を見る
ともがみなわれよりえらくみゆる日よ
花を買い来て
妻としたしむ
かなしみと言わばいうべき
物の味
われのなめしはあまりに早かり
わがこころ
きょうもひそかに泣かんとす
友みなおのが道をあゆめり
そるさとのなまりなつかし
停車場の人ごみの中に
そを聞きにゆく
かにかくに渋民村は恋しかり
おもいでの山
おもいでの川
われ泣きぬれて
かにとたわむる
いのちなき砂のかなしさよ
そらさらと
握れば指のあいだより落つ
たわむれに母を背負いて
そのあまり軽きに泣きて
三歩あゆまず
こころよく
我にはたらく仕事あれ
それをしとげて死なんと思う
「さばかりのことに死ぬるや」
「さばかりのことに生くるや」
よせよせ問答
高きより飛びおりるごとき心もて
この一生を
終わるすべなきか
はたらけど
はたらけどなおわがくらし楽にならざり
じっと手を見る
ともがみなわれよりえらくみゆる日よ
花を買い来て
妻としたしむ
かなしみと言わばいうべき
物の味
われのなめしはあまりに早かり
わがこころ
きょうもひそかに泣かんとす
友みなおのが道をあゆめり
そるさとのなまりなつかし
停車場の人ごみの中に
そを聞きにゆく
かにかくに渋民村は恋しかり
おもいでの山
おもいでの川
地震 雷 火事 親父・・・・震度6強の経験はないが、ニュースで大変さが伝わる。中越地方の方々、お気の毒です。我が家がつぶれるなど、どんなに怖い事だろう。ライフラインの復旧、余震・・長引きそうな気配ですね。日々の細かい事にウジウジしている事が、ささやか過ぎて申し訳ない思いがして来る。
無事に終結しますように。
無事に終結しますように。
16日、送り火の日。8月の旧盆になると、精霊流しが行われる。広島・長崎は精霊を偲ぶとともに、平和への願いも込める。送り火のけむりと、流れる灯籠。静かな静かな思いが、天に届けられる。
台風一過。ご先祖様はゆっくりして頂けましたか ? ごらんのとおりの日々で、やはり極楽の方がゆっくりできますか ? 私も早く極楽に行きたいのですが、えんま様のお許しが出なくて、此の世での役目を続けております。いえいえ、たいしたことはしていません。えっ? だから、お許しが出ない ? あぁ、ご先祖様、極楽への道をお教え下さいませ・・・。
台風一過。ご先祖様はゆっくりして頂けましたか ? ごらんのとおりの日々で、やはり極楽の方がゆっくりできますか ? 私も早く極楽に行きたいのですが、えんま様のお許しが出なくて、此の世での役目を続けております。いえいえ、たいしたことはしていません。えっ? だから、お許しが出ない ? あぁ、ご先祖様、極楽への道をお教え下さいませ・・・。
花の命は 短くて
苦しきことのみ 多かりし
林 芙美子
******ホントに、よくぞこの詩を残して下さった。数多くの女性がこの詩を口ずさんで、もう一度頑張ってみようと思ったことだろう。*******
苦しきことのみ 多かりし
林 芙美子
******ホントに、よくぞこの詩を残して下さった。数多くの女性がこの詩を口ずさんで、もう一度頑張ってみようと思ったことだろう。*******
最近の車って、柔 !? 走っているだけなのに、あちこちにかすり傷が・・・。
ダイエット中の子が作る、野菜料理に飽きた。仮病でも使ったら、おいしいものが出て来るかな・・・。こっちが痩せて、どーすんだ。
酔っぱらった知人から電話。近況を聞かなくても、淋しいんだと分かる。なんかほっとする。そうよ、1+1=3よ。 そうそう、1+2=5よ。少しの間違いなんか、気にせんでもええよ。みーんな、間違っとるから。アンタが一番!!!
ダイエット中の子が作る、野菜料理に飽きた。仮病でも使ったら、おいしいものが出て来るかな・・・。こっちが痩せて、どーすんだ。
酔っぱらった知人から電話。近況を聞かなくても、淋しいんだと分かる。なんかほっとする。そうよ、1+1=3よ。 そうそう、1+2=5よ。少しの間違いなんか、気にせんでもええよ。みーんな、間違っとるから。アンタが一番!!!
あたり前のような
奇跡のような
なにげなく
かけがえのない
今日、という一日
友から届いたハガキ。今日がその日に思える。ちょっと、すさんでいた心に沁みた。
奇跡のような
なにげなく
かけがえのない
今日、という一日
友から届いたハガキ。今日がその日に思える。ちょっと、すさんでいた心に沁みた。
皆様の家庭にも色々ありますでしょ? 学校にも色々ありますでしょ? 会社にも?
仕事のみならず、日々何かがある。くじけたり、しょげたり、がっかりしたり、とても笑顔でいられないことが。怒ったり、怒鳴ったり、憤慨したり、明日を迎えるのがいやになることも。そんな日は、妙に気分が高揚して眠れない。疲れた体と冴えた目。人とはやるせないものだ。ちっとも、進歩しない身。こうして、先人も過ごされたのだろうか。
風に流されてすっと漂っていれば楽なのに、楽をすればいいのに、風になればいいのに。
仕事のみならず、日々何かがある。くじけたり、しょげたり、がっかりしたり、とても笑顔でいられないことが。怒ったり、怒鳴ったり、憤慨したり、明日を迎えるのがいやになることも。そんな日は、妙に気分が高揚して眠れない。疲れた体と冴えた目。人とはやるせないものだ。ちっとも、進歩しない身。こうして、先人も過ごされたのだろうか。
風に流されてすっと漂っていれば楽なのに、楽をすればいいのに、風になればいいのに。
釈尊誕生 2600年前
仏教伝来公伝 538年
奈良時代 三論・成実・法相・倶舍・華厳・律の南都六宗
平安時代 天台宗・真言宗
平安末期~鎌倉時代 浄土宗・臨済宗・浄土真宗・曹洞宗・日蓮宗・時宗
江戸時代゜ 檀家制度
明治時代初期 神仏分離政策
現在に至るまで様々な遍歴がありました。上記の字、ぱっと読めましたか? 読めなくてもいいのです。こんなに前からあったことを知ってもらえるだけで。
仏教伝来公伝 538年
奈良時代 三論・成実・法相・倶舍・華厳・律の南都六宗
平安時代 天台宗・真言宗
平安末期~鎌倉時代 浄土宗・臨済宗・浄土真宗・曹洞宗・日蓮宗・時宗
江戸時代゜ 檀家制度
明治時代初期 神仏分離政策
現在に至るまで様々な遍歴がありました。上記の字、ぱっと読めましたか? 読めなくてもいいのです。こんなに前からあったことを知ってもらえるだけで。
「人間頭を下げて、なんぼ。さ! ! 仕事。さ!! 修行。」と子を追い出す。
見よ。このリーちゃんだって、生後2ヶ月程で親からはなれてペット稼業。自分のエサを稼いでいる。虎の子は、谷から落とされて生きていく知恵を親から学ぶ。
ドア一つ向こうの社会に恐れる事なく、親を踏み越えていけ!! イヤ、まて! 踏まずに、飛び越えていってくれ。(痛いのは困る・・・)
見よ。このリーちゃんだって、生後2ヶ月程で親からはなれてペット稼業。自分のエサを稼いでいる。虎の子は、谷から落とされて生きていく知恵を親から学ぶ。
ドア一つ向こうの社会に恐れる事なく、親を踏み越えていけ!! イヤ、まて! 踏まずに、飛び越えていってくれ。(痛いのは困る・・・)
命名、間違えたかも。イチローにすれば良かったかも・・・。
パキスタンでは神学校で人質1000人以上。女子供。死者多数。普通である事に私達は、感じなくなってやしないか。遠い空の事と、感じてないか。
お盆直前。「夕焼けがきれい! 」と学校帰りの子供達。極楽に続く空。雨雲の間にあかね雲。この色は、人の手では出せない色だ。
パキスタンでは神学校で人質1000人以上。女子供。死者多数。普通である事に私達は、感じなくなってやしないか。遠い空の事と、感じてないか。
お盆直前。「夕焼けがきれい! 」と学校帰りの子供達。極楽に続く空。雨雲の間にあかね雲。この色は、人の手では出せない色だ。
メーテルリンクは「青い鳥」でノーベル賞をとった。子供向けの戯曲、つまり芝居本だ。なんで、子供向けなんだろう。なんで「青い鳥」は逃げていったなんて、夢を破くような事を子供に言うのだろう・・。こんな哲学的というか、難しい事を子供に言いたいメーテルリンクの心は何だろう。
広く世界で読まれている「青い鳥」。 心に響くものが、沢山あるからだろう。
広く世界で読まれている「青い鳥」。 心に響くものが、沢山あるからだろう。
メーテルリンクの「青い鳥」。チルチルとミチルの兄妹は幸せになるという「青い鳥」を探して旅に出た。兄妹は貧しかった。幸せがどういう事かと言えば、おいしいものがお腹いっぱい食べられて、キレイな服を着て暖かい部屋に住めて、笑顔で暮らす事だった。兄妹は色々な経験をし探し歩いたが、「青い鳥」を見つけられなかった。徒労に終わった旅から帰ると、「青い鳥」が部屋にいた。捕まえようとしたら、窓から飛び去っていった・・・。
ハッピーエンドではない話であるが、私たちは「青い鳥」をよく探す。メーテルリンクの言わんとした事が何であるか。「青い鳥」は、いない、のだ。チルチルとミチルの「幸せになりたい」気持ちと「幸せにしてあげたい」読者の気持ちが、物語の奥へ奥へと向かわせていくが、ずっと永遠に探し求めるものだと気づくのは、読み終えて本を閉じた時だ。「青い鳥」は手に入らなかったから、「青い鳥」なのである。
可愛い兄妹は「青い鳥」を手に入れられなくて、良かったのである。童話の世界の物語を越えた、大人が読んでも考えさせられる本かも知れない。
ハッピーエンドではない話であるが、私たちは「青い鳥」をよく探す。メーテルリンクの言わんとした事が何であるか。「青い鳥」は、いない、のだ。チルチルとミチルの「幸せになりたい」気持ちと「幸せにしてあげたい」読者の気持ちが、物語の奥へ奥へと向かわせていくが、ずっと永遠に探し求めるものだと気づくのは、読み終えて本を閉じた時だ。「青い鳥」は手に入らなかったから、「青い鳥」なのである。
可愛い兄妹は「青い鳥」を手に入れられなくて、良かったのである。童話の世界の物語を越えた、大人が読んでも考えさせられる本かも知れない。
ビル立て替えで、銀行が移転した。通知はされていたから知っていて、不便無く行っていた。ある日、年配の老婦人が「やっと探して来た。」と疲れた様子で入ってこられた。バス停一つ分を歩いて探すのは、この蒸し暑さの中では気の毒だ。冷茶の一杯でも出してあげたい・・・。
数ヶ月前、私はこの銀行でタンカを切った。自動振替の手続きに行った時、口座を作った支店でないと手続きが出来ないと言われたのである。
「貴行は、度重なる統廃合で私が口座開設した支店を、とんでもない所に持っていった。不便でとても行っていられない。確認などが必要なら、貴行の責任ですべきである。」
これは本当の話である。少なくとも3回は移転した。結果、他区の駅前の繁華街のど真ん中になった。5秒でタンカは認められ、その場で手続きが出来た。
時にはタンカの一つや二つ、いいではないか!!
社保庁問題に使えるかどうかは、別だけど・・・。
数ヶ月前、私はこの銀行でタンカを切った。自動振替の手続きに行った時、口座を作った支店でないと手続きが出来ないと言われたのである。
「貴行は、度重なる統廃合で私が口座開設した支店を、とんでもない所に持っていった。不便でとても行っていられない。確認などが必要なら、貴行の責任ですべきである。」
これは本当の話である。少なくとも3回は移転した。結果、他区の駅前の繁華街のど真ん中になった。5秒でタンカは認められ、その場で手続きが出来た。
時にはタンカの一つや二つ、いいではないか!!
社保庁問題に使えるかどうかは、別だけど・・・。
梅雨なら梅雨で、あきらめがつく。
盛夏なら盛夏で、あきらめがつく。
この、半端な時期が疲れる。
人生的にも、半端だわ・・・。
性格的にも、半端だわ・・・。
どけかせんといかん!!!
盛夏なら盛夏で、あきらめがつく。
この、半端な時期が疲れる。
人生的にも、半端だわ・・・。
性格的にも、半端だわ・・・。
どけかせんといかん!!!
身頃がエンジ色で白いレースの襟が気に入って買ったカットソーシャツ。洗っているうちに全体がエンジ色になってしまった。「洗濯表示」を見ると、「色落ちしますので、白い物と一緒に洗わないで下さい。」ハイ、ハイ、私が悪うございました・・。
「先祖供養」より 仏教文化研究会(ひかりのくに株式会社出版)
「父母を想うこころ」 清水寺前貫首 故大西良慶師 (百歳のときの文章)
父母、先祖といっても、遠い先祖の事柄、業績を知ることは困難なことが多いが、近い父母の事ぐらいは、明確に意識するのは人間として当然のことである。
多くの兄弟を持てば、各自の環境がそれぞれ異なるので、感慨もまちまちであろう。
私は多くの兄弟の次男で、十三歳の時に故郷を離れて、中学校がある所に送り出され、十五歳にして寺院生活に入り、二十五歳の時、三月に父親を、五月に母親と相次いで失ったので、老歳になりながら父母への追懐は今なお激しい。
簡単にいえば、幼少の頃の記憶にある父母の面影が第一に出てきて、弁当をひろげる春の花の頃、秋の野辺の花を摘みながら思い出がよみがえり、今も尚胸中に往来するのである。
結論すれば、何の親孝行もできなくて、両親を送った事が淋しく想起されるのである。寝覚めの間にも両親の面影は去らない。
今少し長命であれば、せめて半日半夜のなぐさめもできたであろうと思うし、四季の好物に接した時、生存されているなら、ああもこうもと思いが往来するのである。
古人の諺に曰く「千里米を負うても、恩に酬ゆるに足りず」と。
父母の存命中は、慈悲の言葉に絶対に逆ろうてはならぬと思うのである。
時代が移り、外国との隔たりもなくなり、急速に衣食住も変わり、わが国の今までの伝統も段々と失われつつある今日である。
古歌に
草枕夜毎にかわるやどりにも
結ぶは同じ古里の夢
とある。血のつながる兄弟、縁のつづく親戚、さては寺、学校、鎮守の森、岩走る水、自分を育ててくれた風味ゆたかな古里、故郷忘れがたしと古人はいっている。そこに眠る先人、先輩を静かに想起し、祖先を思い出し、亡き祖父母を追慕する。これが人間のもつ徳のあるところである。
また「福分は供養より積む」とある。先ず喜ぶことを知り、有り難いと思い、もったいないと感謝する心を知り、父母の慈悲に目覚め、自らの福分を積み、人間としての徳を積み重ねるように日々精進されたい。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
この本を購入したのは、「1994.10.14」と裏表紙に書いている。この文が好きだ。師は100歳であるのに、子に返って素直な心情を書かれている。五つ子の命名者である。
「父母を想うこころ」 清水寺前貫首 故大西良慶師 (百歳のときの文章)
父母、先祖といっても、遠い先祖の事柄、業績を知ることは困難なことが多いが、近い父母の事ぐらいは、明確に意識するのは人間として当然のことである。
多くの兄弟を持てば、各自の環境がそれぞれ異なるので、感慨もまちまちであろう。
私は多くの兄弟の次男で、十三歳の時に故郷を離れて、中学校がある所に送り出され、十五歳にして寺院生活に入り、二十五歳の時、三月に父親を、五月に母親と相次いで失ったので、老歳になりながら父母への追懐は今なお激しい。
簡単にいえば、幼少の頃の記憶にある父母の面影が第一に出てきて、弁当をひろげる春の花の頃、秋の野辺の花を摘みながら思い出がよみがえり、今も尚胸中に往来するのである。
結論すれば、何の親孝行もできなくて、両親を送った事が淋しく想起されるのである。寝覚めの間にも両親の面影は去らない。
今少し長命であれば、せめて半日半夜のなぐさめもできたであろうと思うし、四季の好物に接した時、生存されているなら、ああもこうもと思いが往来するのである。
古人の諺に曰く「千里米を負うても、恩に酬ゆるに足りず」と。
父母の存命中は、慈悲の言葉に絶対に逆ろうてはならぬと思うのである。
時代が移り、外国との隔たりもなくなり、急速に衣食住も変わり、わが国の今までの伝統も段々と失われつつある今日である。
古歌に
草枕夜毎にかわるやどりにも
結ぶは同じ古里の夢
とある。血のつながる兄弟、縁のつづく親戚、さては寺、学校、鎮守の森、岩走る水、自分を育ててくれた風味ゆたかな古里、故郷忘れがたしと古人はいっている。そこに眠る先人、先輩を静かに想起し、祖先を思い出し、亡き祖父母を追慕する。これが人間のもつ徳のあるところである。
また「福分は供養より積む」とある。先ず喜ぶことを知り、有り難いと思い、もったいないと感謝する心を知り、父母の慈悲に目覚め、自らの福分を積み、人間としての徳を積み重ねるように日々精進されたい。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
この本を購入したのは、「1994.10.14」と裏表紙に書いている。この文が好きだ。師は100歳であるのに、子に返って素直な心情を書かれている。五つ子の命名者である。
遊びに来た母が首をかしげて言う。「アンタの着ているパジャマ、どっかで見た気がする・・・。」そう、30年前、あなたが作ってくれたマタニティ用のパジャマです。「アンタ、物持ちいいねぇ!」いえいえ、いくら着てもいくら洗っても,びくともしないこのパジャマの持ちが良いのです。
仕事場には10万分の1の地図が貼ってある。だいたいのことはこの範囲でO.Kだ。時々、これ以上のところからTELがあったりすると、頭が高速で20万分の1の地図を刷る。早い話、アナログなのだ。いつも眺めているので、どこも行った気になっているが、なんのなんの、世間はそんなに狭くない。
今日は、北西にある飯能に行った。どこまで行っても途切れない家々。ずっと続く舗装道路。渋滞マークはついたまま。関東平野はどこまでだろう? ここには平和な日々がある。「美しい国」と声を大にして言われると、余計に静寂が壊れそうだ。
何気ない日常に、不満を言うなんてとんでもない。その何気なさの貴重なこと。10万分の1の尊さだ。
今日は、北西にある飯能に行った。どこまで行っても途切れない家々。ずっと続く舗装道路。渋滞マークはついたまま。関東平野はどこまでだろう? ここには平和な日々がある。「美しい国」と声を大にして言われると、余計に静寂が壊れそうだ。
何気ない日常に、不満を言うなんてとんでもない。その何気なさの貴重なこと。10万分の1の尊さだ。

