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お寺さん紹介センター

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小話小憩つづき

子曰く、「オレの朝メシより、犬のご飯が豪華だ。」あー、やだ、ひがみ。ダイエットしなくても痩せる方法、教えようか? 出来の悪い子を持てば、ヤセル。



ほんの少しの雨でも、こんなに涼しくなる。草木もイキイキ。ふっーと、深呼吸。

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小話小憩つづき

たまたま続けて、メロン・ブドウ・サクランボをいただいた。もう気分は、マハラジャだ。


子曰く、29日は「肉の日」だと言う。
母「焼き肉でも食べにいく?」
子「今、ダイエット中だからそういう話題しないで。」
・・・・・そういう時に、「肉の日」が気になるものよね。

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小話小憩つづき

子「オレと関係ないブログに、なんでしょっちゅうオレがでてくるんだ!!」  アラ ミテタ  ノネ・・・・

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阿修羅像

奈良・興福寺の「阿修羅像」をご存知ですか。阿修羅は本来仏教に対して邪魔をする悪神でした。お釈迦様が説法していると、野次ったりつぶしに掛かったりしようとします。が、どこで野次ろうか、どこで邪魔しようかと説法を聞いているうちに聞き惚れてしまって、ついに仏教信者になってしまいました。阿修羅は説法を聞いているうちにすっかり童心になり、体は大人の大きさでも戦うべき筋肉も無くなり、細く少年のような顔つきに成りました。表情は微笑みをたたえ、頬をあからめています。これこそ、仏法を聞く喜びで、仏教信者の喜びに満ちています。また、身につけている衣装の優美なこと! ゆるやかに波打ち、シフォンのようです。この高貴な姿から、かっての悪神の面影はありません。お釈迦様の説法でいかに心洗われるか、仏教の神髄に触れる気がします。

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阿修羅像

奈良・興福寺の「阿修羅像」をご存知ですか。阿修羅は本来仏教に対して邪魔をする悪神でした。お釈迦様が説法していると、野次ったりつぶしに掛かったりしようとします。が、どこで野次ろうか、どこで邪魔しようかと説法を聞いているうちに聞き惚れてしまって、ついに仏教信者になってしまいました。阿修羅は説法を聞いているうちにすっかり童心になり、体は大人の大きさでも戦うべき筋肉も無くなり、細く少年のような顔つきに成りました。表情は微笑みをたたえ、頬をあからめています。これこそ、仏法を聞く喜びで、仏教信者の喜びに満ちています。また、身につけている衣装の優美なこと! ゆるやかに波打ち、シフォンのようです。この高貴な姿から、かっての悪神の面影はありません。お釈迦様の説法でいかに心洗われるか、仏教の神髄に触れる気がします。

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「おとなになれなかった弟たちに・・・・・」より

「あ と が き」
戦争ではたくさんの人たちが死にます。そして、老人、女、子どもと弱い人間から飢えて死にます。
私はそのことをわすれません。
でも、もっとわすれてはならないことがあります。
私の弟が死んだ太平洋戦争は、日本がはじめた戦争なのです。そして、朝鮮、韓国、中国、東南アジアの国々、南方諸島の人たちをどんなに苦しめ悲しませたことでしょう。それは私たちが苦しみ悲しんだ以上のものです。
そのことを私たちはわすれてはならないと思います。
そのことをわすれて、私たちの平和は守られないでしょう。
                   米倉 斉加年( よねくら まさかね)
俳優・演出家・作家          

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ありがとうございます。

メール・お電話でのお問い合わせ、ありがとうございます。誠意をもって応答しておりますが、電話を置いた直後から、こう言う話し方をした方が良かったかもとか、あの説明もしておけば良かったとか反省することばかりです。
顔が見えないことで、かえって何でも言えることがあります。どーぞ、何でも言って下さい。関心を持ってもらうこと、これがこのH.Pの目的です。仏教、信仰共に形の無いものです。たとえ文字や映像にしたとしても、心が無ければ無いに等しいものばかりです。その「無いもの」に心を持たせたいと思っています。
でも、ありがとうございます。いつでも、皆様からのお問い合わせをお待ちしております。また、ブログへのコメントもありがとうございます。読んで頂いてありがとうございます。

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小話小憩つづき

子のお古のジーンズがはける。臨海学校にでも持っていったのか「5年3組  何々」と名前が入っている。まっ、私のI.Qもそんなもんだ・・・。

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小話小憩つづき

黄色い衣をまとった僧をみかけた。「ビルマの竪琴」に出てくる小乗仏教の僧だ。この東京で珍しいと思って車から見ていたら、携帯電話をしながら歩いていた。勝手に「ビルマの竪琴」を連想したのがいけなかった。


ナビは便利だが、指示される通りに走れない。現場主義なので。


ブログは手帳・日記・忘備録とか。ザンゲ録も加えてほしい。


交通違反6点で違反者講習を受けてから一年あまり。この一年、一度も違反切符切られなかった。カンパーイ!!  次はゴールドを目指す。志と夢は高く大きい方がいい。


6月も後少し。半年が過ぎたことになる。ブログをしていると月日の立つのが早い。

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お仏壇

仏教は538年日本に伝わり、仏壇が一般の家庭に普及し始めたのは江戸時代になってからと言われています。仏壇は仏像を安置するお寺の須弥壇と同じで、信仰の証です。故人の休む場所であり、家の中の小さなお寺です。
現存する最も古い仏壇の原型は、法隆寺の「玉虫厨子」といわれています。飛鳥時代の作です。7~8世紀仏教は盛んになり、上流階級の人々は信仰する仏像や位牌を安置する持仏堂を建てました。やがて、家の中に、仏像や位牌を安置する仏間がもうけられ、次第に仏壇はいう形になっていきました。
須弥壇は仏像を安置する台のことで、須弥山(しゅみせん)を型どったものです。須弥山は、仏教では世界の中央にそびえる山で、ここに祭られるのが本尊です。従って、仏壇の中心はこの須弥壇ということになります。

今は従来の仏壇をふまえた現代的な仏壇もありますが、信仰の証のご本尊は必ずおまつりしましょう。ご本尊は宗派によって違いますから、ご本尊でその家の宗派が分かります。

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小話小憩つづき

仕事で「道」には苦労した。せめて住むところはと区画整理の済んだこの地を選んだ。キチンと成っているので逃走経路が計画しやすいと、空き巣が多い。自分の世間知らずで我が身を呪ったのは、2回空き巣に入られたとき。



子「低反発枕が特価になってる。プレゼントしようか?」
母「最近随分優しくて、気持ち悪い。」
子「オレの高反発に耐えてるから、夜は低反発枕で安眠してもらおうと思ってさ。」
・・・・お金使わなくても、高反発やめれば済む問題だ。

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小話小憩つづき

「今日の新聞は見応えがある。」と週刊誌の広告を読む息子。だから、日本の、親の、アンタの将来が心配なのだ。

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自灯明 法灯明  (じとうみょう ほうとうみょう)

お釈迦様の臨終のお世話をしたのは、多聞第一と言われた阿難(アナン)尊者です。十大弟子の一人で、多聞とはお釈迦様の説法を一番多く聞いた人という意味です。
尊者はお釈迦様に聞きました。
「お師匠様亡き後、私は何をよりどころにいきてゆけばいいのでしょうか。」
お釈迦様は伏せたまま、「自灯明 法灯明」と答えられました。

自分をともしびとして、自分をよりどころとして生きていきなさい。
法(真理・お釈迦様の教え)をよりどころとして、他のものをよりどころにしてはいけません。

この6字の、なんと重い意味でしょうか。社会的地位・学歴・財産・愛情などのあてにならないものを頼ってはいけない、と言われています。今の今まで大切だと思っていたものが、実はよりどころに値するものではなかったのです。自分を大切にして磨き、自分を心の支えとして生きていく。真理を求めて、他のものを心に入り込ませてはいけない。これは仏教のみならず、広く世界に通用する考え方です。お釈迦様は時空を越えて、今の私たちに「自灯明 法灯明」と言われています。

死ぬまで修行・・とよく言います。修行真っただ中の私たち、素晴らしい先人の導きにしっかと向き合ってみませんか。

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小話小憩つづき

新宿で有料駐車場に車を入れ、「お手洗い貸して下さい。」と言ったら、隣のビルのトイレを教えてくれた。ホントにいいの??


環八の荻窪と赤羽間が昨年開通した。しかし、最新のナビでも表示されない。赤羽からの帰り、畑の中を突っ走り畑で一仕事した気になる。


粗品を持ってお中元挨拶回り。粗品に付加価値をつけるべく、「出来るだけ早く」「目立つように」「重そうに」している。生きていくのは、大変だ・・・。


スタイル保持(!?)のため、いつもはヒールのある靴をはくが、中元挨拶回りの時は重労働なのでベタ靴で行く。これが足も体もすごく楽で、もう、スタイル保持はどーーーーでもいいと思ってしまう・・・・。イカン! イカン!!!


今いる犬は、ミニチュア・ピンシアー。この犬がもっともっと子犬だった頃に見た人は、私がチワワを飼っているとずっと思っている。

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井戸端会議

心療内科に行くと、中学生のような男子から年配の人まで老若男女様々な人が受診に来ている。うつむいている人・イヤホンで音楽を聴いている人・付き添いと一緒の人・マンガを見てる人・何となく落ち着かない人・・色々だ。

ラジオで元フォーク・クルセダースの北山修氏(精神科医・バンド活動もされている)が出て、こんな話をされた。
「僕は精神科医として患者さんの話を聞くばかりで、ストレスがたまることもあります。今日のように僕の話を聞いてもらうと、ほっとします(笑)。実は、うつ傾向の人は文明国に多いと言われています。ストレスを発散出来る相手がいないからです。昔は、井戸端会議であれこれ話をしていたものですが、今はほとんど見かけません。あの井戸端会議は精神的にとても良いコミニュケーションだったのです。    (略) 」

かくして、パソコンに向かっている私も「うつ傾向」は大いにある。何かを得て、何かを失っている。私も、井戸端会議大いにしてみたい。どなたか主催して頂けませんか。参加します!!

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小話小憩つづき

最近の桑田投手は顔つき・言動がお坊さんみたいだ、と言われる。いいや、お坊さんより、良い。


息子が夕飯をご馳走すると言い、レストランへ。珍しい!!  良いことあったのだろうか。悪いことでもあったのだろうか・・・。


ブログをしていると、ストレスが飛んでいく。読んでる人に、ストレスたまらないかと心配だ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・!?






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小話小憩つづき

毎朝、新聞のチラシをチェックする。裏が白い紙を使うために・・・。

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小話小憩つづき

久しぶりに眼鏡を新調、出来て来た。不眠対策読書用眼鏡だ。これで、3行も読めば眠くなる Zzzzz・・・・

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対機説法 たいきせっぽう

お釈迦様の教えは多くの人々に広まりました。初め批判していたバラモン達までも帰依しました。お釈迦様は、教えをこいに来た人・救いを求めて来た人に一人ずつ分かりやすい言葉でその人に合った話し方をされました。これを「対機説法たいきせっぽう」と言います。
インドはカースト制度の歴然とした国でした。バラモン(司祭)・クシャトリァ(王族・武士)
・バイシャ(平民)・シュードラ(奴隷)・アチュート(不可触民)など、そのまたそれぞれに細分化し2000もあると言われます。従って、当然悩みも違います。世界が違うのと同じ、と考えても良いでしょう。そんな状態でしたが、お釈迦様は個々に適切な説法をされました。王様にも、売春婦にも救いの説法をされ、多くの人々が帰依しました。今で言えば、心のカウンセリングでしょうか。人心が読めたのでしょう。お釈迦様の像の手の指には水かきがあります。これば、一人残らず、指の間からこぼれたりせず、すべての人々を救うために必ずある特徴です。

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小話小憩

犬派の我が家。忙しい時は「犬の手も借りたいぐらいだ。」という。

山手通りを走行中、前を「この車は天然ガスで走っています」と表示した車が走っている。渋谷の「スパ」爆発事故を思い出し、思わず車間距離をあけた。と、後続車にクラクションを鳴らされた。「おさきに どうぞ!!」

我が家は先に帰宅したものが夕食を作ることになっている。で、ココひと月、私は夕食を作っていない・・・。皿洗いはしてるけど・・・。

愛犬リーは、犬と子供を見ると鳴く。同類に見えるようだ。来客大好きでシッポを振って「いらっしゃい」をし、番犬にはならない。

昼前、玄関先で胃が差し込んだ。かなり重傷の痛さだが、仕事に行かねばならぬ。仕事をこなし帰宅して夕食を食べ、「あぁ、満足!!」と思ったとき、重傷の胃を思い出した。

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教典

お釈迦様の教えは弟子たちによって口伝(くでん)され、暗誦されていきました。お釈迦様は生前、教えをインドのサンスクリット語などに記録されることを由とされなかったためです。「心」を大切にされていました。しかし、伝わるうちに違ってきます。弟子たちは集まって教えを編集することにしました。これを、結集(けつじゅう)といいます。お釈迦様死後、100年経っていました。こうして教典の形が出来ていきました。しかし、教えは膨大でした。さらに100年後、結集がありました。もう何万にもなる教典でしたが、弟子たちの師を慕う気持ちはさらに強くなりました。
あの有名な「西遊記」の玄奘(げんじょう)も、中国から苦難に苦難を重ねて、天山山脈を越えて教典を求める旅をしました。行く先々に僧堂があり、多くの僧が修行していた記録があります。
仏教は、タイなどにも伝わりましたが、それを南方仏教と言います。日本には、インド・チべット・中国・朝鮮半島と伝わった北方仏教が伝播しました。中国の儒教の教えの親孝行とか、先祖を大切にとか、平和を大切にするとか本来の仏教とは違っていましたが、戦乱にある日本に伝わった時、聖徳太子はこれこそ国を治めるにふさわしい教えであると信心し、17条の憲法で「国教」としました。

尊いお釈迦様の教え。なんと永い年月でしょうか。そうです。さかのぼること2600年も前の話です。

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恵みのお返し

久しぶりの雨、青々とした葉の間から緑の実がのぞく。お向かいの柿の木、かなりの大木だ。豊作・不作を2年ごとに繰り返すとかで、今年は豊作のはずだが、実は心なしか少ない。他家の柿なのに気になるのは、豊作だとおすそわけがあるからだ(笑)。しかし、豊作・不作にかかわらず、いつも5~6個の柿を残しておく。たいてい手が届かないところみたいだけれど、
これが天への恵みのお返しである。当然、鳥がきて食べる。この鳥たちも楽しみにして、赤くなるまで虫を捕ったりした協力者だ。そして、きれいな声で鳴いて楽しませてくれる。綺麗な羽根の鳥は、名前も知らない。親子・夫婦・友達・兄弟・・諸々の天の神共々、鳥たちへ恵みのお返し。良い心根である。

雨にも負けず風にも負けず、夏の暑さにも負けず、柿の実が大きな恵みをもたらしますように。ついでに、我が家にも・・・。

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落ち葉

このご近所では、我が家の家の前が一番枯れ葉や落ち葉で、汚れている。皆さんまめに掃除されているから、なおさらだ。で、思い出したことがある・・・。

時は秋、国賓級の来客が見えることになった京都の名刹寺院。風情を楽しみに賓客はみえるに違いない。寺中が大掃除になった。が、時は秋、落ち葉は次々と舞って来る。参道から門前、境内が、赤や黄や茶や紫の葉っぱで一杯だ。周りの山々も紅葉し、それはそれは見事な様子でそこが良くて、参拝が多い寺なのだ。賓客を迎えるにあたって、落ち葉をゴミとして掃除するか否か、頭の痛い問題になった。そこに、住職がいらしてこう言われた。「ありのままの寺でよい。」かくして、ありのままの紅葉舞う見事な寺を賓客は大いに楽しまれ、京都の秋を満喫された。      めでたし めでたし


と、こんなのんきを言ってないで、掃除しなきゃ!! ところでこの落ち葉は、我が家のではないです・・・。

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朝の時間

朝食時、テレビを見なくなって三ヶ月。時計代わりについていたが、子殺しだの親殺しだのバラバラにしただのと見るにも聞くにも堪え難い話題ばかりで、消した。考えれば、通勤電車に乗ることも無いので、時間に追われない。ゴミ出しなどは体内時計で十分だ。で、新聞読んだり今日の予定の話をしたり、おおらかになった。こんなことにもっと早く気づくべきだった。もともと、テレビはそんなに見ない。韓流ドラマも最近になって見たぐらいだから、時代に合っていない。野球などのスポーツは時々見る。何々サスペンス劇場などは、決して見ない。何々ミステリードラマもしかり。あ、「笑点」は見る! クイズ番組も見る。ドキュメントリも見てる。あれれ、結構見てるでないか!  そうか、それで、朝見なくなったことが新鮮なんだ!!
 

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大河の一滴    五木寛之

影に光を感じるとき
 「人はみな泣きながら生まれてくるのだ」、というシェークスピアの劇の登場人物の言葉にはじめて出会った時の衝撃は、いまでも忘れることができない。それは高校二年生の夏、図書館でめくつていた古い戯曲集の行間に、爆弾のように置かれていた。
 あの日から半世紀が過ぎようとしているが、いまだに私の心の深いところから、しばしばその言葉がよみがえってくる。
 人としてこの世に生まれてくることは、たやすいことではない。さらに、生きて、生き続けることも楽ではない。その先に老いがあり、死があると思えばなおさらである。しかし、青年ブッタは、そのような思うにまかせぬ人生であっても、それでもなおいきいきと豊かに生きる道が、この世に存在するか否かを探求しようと、二十九歳で冒険の旅にでたのだ。そして彼は確かにイエスという答えを確信をもって語った。
 そのことを思うと、ふと胸の深いところからため息がもれてくる。それは自分の人生を慰めるため息であり、また、真の人生の肯定への道の遠さを思うため息である。
 しかし、「人生は生きるに値するのだ」という二千年以上も前の声なき声が、私たちにあたえるものは大きい。日常のなんともいえない思いの中で、私たちは無理に自分をふるい立たせることだけでなく,静かな気持ちで明日を待つことができるからだ。
 顔を上げて光を模索するだけが光明を見いだす道ではあるまい。肩を落とし、うなだれて足もとへ目を向けたとき、私たちはそこに自分の影を見ることができる。そして、その影が黒く、濃ければ濃いほど、自分を背後から照らしてくれている光の存在を、はっきり知ることができるのである。
 泣きながら生まれてきた自分が、ほほ笑みながら去っていけるような人生の旅でありたいと、ため息をつきながら思う。
                  五木 寛之

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無常


人生晴れる日もあれば  曇る日もあります。
良いこともだけど、 悪いことも 長くは続かないの。

これを 「無常」 と申します。

               瀬戸内 寂聴師

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彼女のブログ

彼女のブログは、ある時は私小説風、ある時は散文風、ある時は哲学風・・。喜び悲しみが素直に表れていて「感動した!」。  彼女とは高校時代、机を並べた仲だけど、何年も空白やら同期会で会うだけだったり、感情の話をしたことはなかった。ある会の名簿で彼女の電話番号を知り、TELしてみた。私達は2時間近く話をした。互いのこれまでのこと、今の生活のことなどなど。あの笑顔の中にこんなことがあったのね・・・。芯のしっかりした人だとは思っていたけどそんなことがあったの・・・。その日は、彼女のおかげで素直な気分になれた。とてもとても彼女には近づけないけど、時々、そのブログの作風、真似させてね!!(笑)

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盂蘭盆会 うらぼんえ

「盂蘭盆会」(お盆)は「盂蘭盆経」という教典に説かれた物語に基づいて営まれる仏事です。現在の日本での迎え火・精霊棚などは民俗信仰ですから、しない宗派もありますが、色々な民俗的色彩を含んで今日まで続いています。
盂蘭盆とは、インドの梵語(ぼんご)で「逆さまに吊るされたような苦しみ」という意味です。つまり、地獄の苦しみです。その地獄にいる人をこの世から供養して、その功徳で救ってあげたいという願いを込めて営まれるのが盂蘭盆会です。

お釈迦様のお弟子に「目連 もくれん」という方がいました。心の優しい人で、亡くなった母にいつも感謝していました。ある日、神通力で母を探しました。極楽・天上界と探しましたが母はいません。仕方なく、地獄を探しますと、約136の地獄の何番目かに母を見つけました。母はあさましい「餓鬼 がき」になっていました。仏教では「因果 いんが」という原理があります。地獄に堕ちるには何かの原因がある・・というものです。目連は神通力で、母が地獄に堕ちなければならなかった原因、理由を知ろうとしました。
母は生前優しい人でした。が、人に施したり恵んだりはしない人でした。息子を育てる母性愛で一杯だったのだと、目連は思いました。目連は食べ物を持ち、母のもとに駆けつけましたが、餓鬼になった母は、息子に会えた喜びよりも食べ物に飛びつきました。しかし、食べようとすると、火になり燃え上がって炭になります。何度試みても駄目でした。

目連は、泣きました。教典にも「大叫悲泣」した、とあります。目連は、お釈迦様にありのままを告げました。お釈迦様は目連に言いました。「おまえの母の罪業は深すぎて、お前一人の力ではどうすることもできない。お前自身が自分の為に法を説き、解脱(げだつ)
を得なさい。」
目連は三ヶ月間の修行の夏安吾(:げあんご)の最終日の7月15日に、すべての仏弟子たちに供養のご馳走を「盆」に入れてささげました。大勢の仏弟子は大喜びしました。その喜びの声の中、目連の目に、地獄から天上界にのぼっていく母の姿が見えました。このことに喜んだ仏弟子たちは歓喜の踊りを踊りました。これが、「盆踊り」のおこりといわれています。

こうして、7月15日が、仏教徒の間で父母への感謝の誠をささげて、父母をも救えるだけの解脱を得る・・ことを確かめる日になりました。それは日本の民間に広まって、霊魂観と結びつき独特のと行事して行われています。

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とらわれない・まどわされない

日・月・火・水・木・金・土 は西洋の7曜。 先勝・友引・先負・仏滅・大安・赤口 は中国の6曜。仏教とは関係ないのである。が、特に6曜は日の吉凶を占って良い日悪い日を決める。日に善悪がありかなしか、気にする人は暦が手放せない。しかし例えば、祝日が仏滅になったら祝わないのか、ということになると、答えはノーだ。
仏教の教えは、とらわれない・まどわされないが基本であるから、迷信や流言に流されてはいけない。最近では友引でも火葬場はやっている。仏滅の結婚式はすいててサービスもいい。大安の日に宝くじを買っても一等はあたらない・・。それでなくともストレス社会。気にしないで下さい。日々是好日。暑くなりました。お大事に!!

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見かけの悪いこの草も

ひとたたきで折れてしまう
かよわい茎だから
神さまはそこに
毒蛇の模様をえがき
花をかまくびに似せて
折りに来る者の手より
護っている
やがて秋には
見かけの悪いこの草も
真紅の実を結ぶだろう

すべて 神さまのなさること
わたしも
この身を よろこんでいよう
               星野富弘氏
                 24才で不慮の事故で首からしたの自由を失う。口に
                 筆をくわえて字・絵を書き始める。28才でクリス  
                 チャンになる。その詩画集は多くのひとから評価さ
                 れている。群馬県在住。 

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